Karolin、グスタフ・ブリドストレムの話

今日の話題はkarolin(カール12世の軍)にいたミュージシャン、グスタフ・ブリドストレムGustav Blidströmのこと。

このブログはスウェーデンでの音楽留学日記だったので、お知らせをたまに書いても終わったら消していました。でも、ブログって記事をどれだけアップしたか、数や頻度で検索結果など左右されると先日知りました。

ともかく色々と迷いつつ、久々の上書き更新ではない新規投稿です。よろしくお願いします。

さて、まずは、金沢の「北欧の教室」というイベントの話から。、第一回目として声をかけていただきました。

曲は、毎回そのイベントごとに季節や雰囲気を想像しながら選びます。選曲は、1か月以上かかります。オリジナル曲はやっていないので伝統曲をどういう構成で組み立てるかでライブの雰囲気が決まるので慎重に選ぶのです。

ちなみに、金沢のイベントはこちら。(金沢も北陸も初めて!)

notbokの曲とは

今回は何年もホコリをかぶっていたテノールハルパを持って行きます。
テノールでは、notbokノートブックからの曲を演奏する予定。notbokの曲とは、手書きで残されたハンドスクリプトのことで、1700~1800年代のものが多いと思います。メロディだけ書かれていて、バロック風のメロディのこともありますが作曲者不詳でクラシック音楽のカテゴリーではありません。世間で流行っていた作曲者不詳の曲ということでフォーク(伝統音楽)のジャンルにされていますが、一般的に伝統曲は口伝なので、伝統音楽の分野でも例外的な感じがあります。こうした楽譜集の曲から、スウェーデンのフォークミュージシャンが好みの曲をみつけて演奏すると、それが口伝スタイルでまた広がっていくので面白いです(楽譜のメロディから若干違うバリエーションが生まれます)。

私は昔、ヤアラルホンGjallarhornのメンバーが教えてくれた、Magnus Teorinのポロネスが結構テノールハルパの響きにあって好きです。(無印良品のBGM、CDシリーズにもおさめられていてリンク先で曲が聞けます。無印のCDではPolska efter Dahlgrenとされている、さわやかな曲。)

今回は何にしようかなーと考え始めたころ、ちょっと前に知人と雑談をしていて、ハンス・ケンネマルクHans Kennemark (youtube Bäsk )の話になりました。

ハンスは昔習ったことがあるフィドラーなのですが、体はデカイ、声もデカイ、バイオリンの音色もデカイ、足音もデカイ、という超、ド迫力の凄腕フィドラー。迫力あるレッスンで、ハイテンションなってしまいます。ハンスがポルスカのリズムを足でとりながら弾くと(私たちは2階にいました)、1階にいた人からは文句の声。「床がぬけるかと思った!ウルサイよ!」

そのハンスは、ヴェステルヨートランドVästergötland地方、セクスドレガSexdregaの、ノートブック系の曲をよく弾いていたな、と思い出して、その地域の曲を見ていました。

そしてふと目がとまったのが、グスタフ・ブリドストレムGustav Blidström。

この繊細で美しいメロディは、バッハと同時代、1600~1700年代のオーボエ奏者グスタフ・ブリドストレムの曲。このデュオのCDでは、グスタフ・ブリドストレムはカロリンKarolinだったという説明があります。

Karolinとは

Karolinerカロリーネルとも言います。英語訳では、Caroleansだそう。カロリン、カロリアン、カロライン、日本語ではなんと言うのでしょう?ネットで調べても分かりませんでした。(北欧史は詳しくない)

スウェーデン国王カール11世、カール12世につかえ、ともに戦った軍で、カールKarlから派生したKarolinという言葉は、言ってみれば「カール王の兵」。戦地で略奪を繰り返していた今までの戦いとは違い、「Karolin」には厳しい規律と宗教心が求められ、攻撃に特化したエリート兵だったのだとか。

歴史に詳しくない私がここで説明するのもなんですが、カール11世が40代で早くに亡くなり、10代の若さで国王になったカール12世はヨーロッパ諸国から今がチャンスと狙われていました。ですが、カール12世は自ら前線にたち戦に長けたカリスマ的リーダーだったそうです。ピョートル1世率いるロシア軍がスウェーデンに手を伸ばすと打ち負かしてしまいます。そして、バルト諸国、ポーランドと領土を広げていきます。そして、挽回をねらうロシアの報復を受け、ポルタヴァの戦いで最後は負けてしまうのです。大寒波でスウェーデン軍の半分は凍死し、とても大変な戦いになったのだとか。この時、ロシアに捕虜として連れていかれたうちの一人がグスタフ・ブリドストレム。何年も何年も戦地で戦った挙句、遠くシベリアの地、トボリスクTobolskで12年も過ごすのです。

そこで彼がしたこと。それはマーチにメヌエット、ポロネス、数百もの曲を書くこと。ニスタット条約が結ばれた1721年、300曲ほど書き記した楽譜集を手に故郷スウェーデンのスモーランド地方Kalmarに戻れたのだそうです。(楽譜集は先に話題にしたハンスが得意なVästergötland地方、Skaraで保存されていて、それでこの地域の分類で彼の名前を見つけることに)

12年も異国の地にいて故郷に帰る日が来ると思いながら過ごしたのでしょうか。音楽をする者が戦争でどんな気持ちでいたのか。色んな考えにふけってしまいます。

今回の選曲に、グスタフ・ブリドストレムの曲を入れようか考え中です。

バッハのお兄さんでオーボエ奏者ヨハン・ヤコブと知り合いだったという、ロシア人 Anna Nedospasovaが書いたレポートが興味深いです。(Google翻訳など利用したら読めるかも?)

そして、ロシアの報復でなんとなく思い出すことがあり、留学中の日記を読み返しました。あった、あった、やっぱり。昔聞いた話がありました。日記って書くものですね。その土地の人からの思いを聞くというのは、遠い歴史の物語をより現実のものに感じさせてくれます。

「昔、戦争好きな王がいて、ずっとずっと戦ってばかりで、ロシアに奇襲をかけて恨まれたことがあってね。その仕返しにスウェーデンは海岸線から30km圏内を海からロシアに燃やされてしまったんだ。ここ、オルビヒュス、オステルビブルックはかろうじてぎりぎりで免れた。それを歴史はストックホルムを守りぬいた話や、戦いの英雄のような逸話ばかり。この燃やされた話は誰も語ろうとしない。戦いにあけくれたスウェーデン人は戦争はもう嫌になったんだ」という話でした。

ちなみにカロリーネル・マルシュKaroliner marsch(エリック・サルストレム作)という有名なニッケルハルパのマーチがありますが、これももちろんkarolinにちなんだ話があります。

今日は長くなったのでこのくらい。

コメント

  1. josan says:

    Unknown
    新規投稿嬉しいです。しかも内容がとても濃くて尚のことうれしい(^^)。
    金沢でスウェーデントラッドのライブというのはひょっとしたら初めてなんじゃないでしょうか。しかもテノールハルパが聴けるとは!先約が入ってなければ駆け付けたい所です。残念だなぁ。トラッド好きの知り合いにも連絡してみますね。
    Hansが来たのはNordik Treeの時ですね。確かにライブハウスの時はお客さんの入りはあまり良くなく勿体ないなぁと思いました。まだまだマイナーなジャンルだということなんでしょうね。
    今年も関西には行きますのでまたお会いできることを楽しみにしています。

  2. 管理人 says:

    ありがとうございます!
    こうしてコメントいただけるだけでも、励みになります!
    ブログはアフィリエイトもしてないし(広告は自動表示)検索SEOクオリティなんか気にする必要はないのですが、こうした口伝の情報や資料が日本に入ってこないものなど、せっかく書いたのにうもれたら悲しいという気持ちもあります・・・。

    内容濃くてうれしいとのこと、私もうれしいです!
    特にこのグスタフ・ブリドストレムの話を知ってからはなぜか頭から離れません。ここで同じようにおもしろいなと思う方がいればいいなって。

    テノールハルパはケースをあけるのが2年ぶりくらい。
    結構なじゃじゃ馬でなかなか言うことを聞いてくれません。

  3. josan says:

    こちらこそ
    あまりコメントが長くなってもと思い、ブリドストレムやカロリンの事は割愛しましたが、こういう音楽の背景になっている歴史や個々の物語、そして最後に引用されていた市井の人の言葉、こういった情報はすごく興味深く、また嬉しいです。
    音楽なので理屈がどこまで必要かはさておき、異国の文化に関してこういう知識があればより一層楽しめるのではないかと私自身は思います。これからも有益な情報、楽しみにしています。

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